User Review:井上工房

R&S®Scope Rider ハンドヘルド・オシロスコープ、R&S®RTM3000 デジタル・オシロスコープ

言うまでもなくオシロスコープは電子系エンジニアにとって最も基本的な計測器のひとつだ。私も含めて日本では多くのエンジニアが米国か国内メーカのオシロスコープを使われていると思われる。このたびドイツの高周波機器専業メーカーのローデ・シュワルツ製オシロスコープに触れる機会があった。優れた基本性能はもちろん、ユーザーインターフェースの心地よさや機器構成の巧みさにはプロが使うドイツ製品に共通した確固たる設計思想の存在が感じられる。試用前に抱いていたオシロスコープに大きな差はないだろうとの先入観は使うほどに無くなり、私自身が欲しくなるほどであった。

このレポートではその一端をハンドヘルド機、デスクトップ機の試用を通じて紹介する。諸氏のオシロスコープ選定の一助になればこれに勝る喜びはない。(井上工房 井上 雅博 2019.4.15)

ハンドヘルド機:R&S®Scope Rider RTH1004

過去の経験から個人的にはハンドヘルド機には我慢の印象が強い。持ち運びができるフォームファクターと性能/機能及び価格のバランスが持ち運びに偏った機種が多く、実フィールドでは役不足なケースも多々あった。また、劣悪な環境で使わざるを得ない場合には、貧弱なユーザーインターフェースが強いストレスになり業務の妨げになる事も多かった。これら過去の経験から試用に当たって特に着目した評価ポイントは次の3 点。

① 性能/機能と動作可能時間及び価格のバランス(持ち運びは当然)
② ディスプレイ画面の見易さ
③ 操作ボタン、ダイヤルスイッチの操作性

結論から言えばデスクトップ機を代替できる性能/機能と実用的な動作時間を実現し、高精細なディスプレイと機能的かつ直感的なユーザーインターフェースがストレスフリーな測定を可能にしていた。しかも他社と比べてもリーズナブルな価格である。試用前のローデ・シュワルツ・ジャパン担当者との打ち合わせで「今までのハンドヘルドオシロより使い勝手が良いと評判です」との説明に偽りは無かった。フィールドでの使用はもちろんだが、一般的な用途ならラボでも使える当機は最初の一台としてもお勧めできる。

① 性能/機能と動作可能時間

このシリーズではハンドヘルド機には珍しい4ch 入力が選べる。この点も評価できるポイント。しかも全入力絶縁(All Inputs Isolated)の表示が示すように強電領域の測定が安全に行える。カタログに依ればリモート測定(option)によって高電圧測定がより安全に行える。

デスクトップ機に劣らぬほど充実したインターフェースの搭載は驚きで、ハンドヘルド機でこれだけ充実した装備を持つ機種は初めてみた。右サイドのゴムカバーの中に以下の端子がある。

  • 有線LAN
  • ミニUSB2.0
  • USB ホスト
  • 8bit ロジックプローブコネクタ
  • 校正用の基準信号出力及びGND

外部メモリにデータが保存できるのは便利。特に長時間の測定を行う場合にはフィールドで測定してラボで分析する高性能なデータロガーとして使える。

オシロスコープ以外の機能も充実していた。

  • オシロスコープ
  • ロジックアナライザ
  • プロトコルアナライザ
  • データロガー
  • デジタルマルチメータ
  • スペクトラムアナライザ
  • ハーモニックアナライザ
  • 周波数カウンタ

一部の機能にはソフトウェアオプションが必要。

満充電で4 時間の動作時間は十分と言える。意図しないオンオフを防ぐ電源スイッチはインジケータの役目もある。

  • オレンジ 充電中
  • ブルー 充電完了
  • グリーン 使用中

② ディスプレイ

英語が苦手なエンジニアにも優しい日本語対応。電源投入後に言語設定画面が現れる。

タブレット並みの高精細なフルカラーディスプレイが搭載されている。簡潔なガイド機能がありフィールドでの操作をサポートしてくれる。操作マニュアルは添付されていない。当然ながらダウンロードはできるが、ガイドと直感的なユーザーインターフェースに自信があると見た。実際、私もこの試用期間中全くマニュアルを見ていない。

③ 操作ボタン、ダイヤルスイッチの操作性

計測中は水平/垂直軸の調整を頻繁に行うため、この操作感は重要。慣れたダイヤルスイッチからボタンへの移行にはストレスがあるだろうと懸念していた。直感的に使えるピクトグラムをマークしたボタンの配置は一般的なオシロと同様でここに違和感は感じられない。懸念したボタン操作は、使ってみればダイヤル操作よりも快適。デスクトップ機でもボタン操作に統一して欲しいくらい便利に感じられる。

秀逸だったのがタッチパネル。多くの計測器が搭載する抵抗膜方式タッチパネルでの操作は、スマホのユーザー体験の普及によってもどかしさを感じるストレスを伴う操作に変質してしまった。

一方、ローデ・シュワルツが採用する静電容量方式はスマホと同じで、故に違和感がない。物理ボタンとのタッチパネルメニューに割り付けられた機能の住み分けは、恐らく使用頻度で判断されていると思われる。使用頻度の低い機能のタッチパネルメニューへの集約がボタン数の減少と大型化をもたらし、使い勝手の向上に寄与している。

デスクトップ機:R&S®RTM3004

デスクトップ機の選定で見逃しがちな評価ポイントにフォームファクターがある。評価システムは各種計測器やパソコン、工具、ターゲットボードなどから成り、ともすれば場所の確保も難しくなる。今回試用のデスクトップ機は単体のサイズこそ一般的なオシロスコープと変わらないが、普及機種としては異例の高精度シグナルジェネレータなどを内蔵し、評価システム全体の小型化への貢献が明確。そればかりか、オシロスコープと連携した新たな機能によって評価システム構築に掛かる費用や時間をあたかもオシロスコープが分担している様にも捉えられる。この期待を踏まえて今回の試用では以下のポイントに着目して評価した。

① 操作性
② ジェネレータ内蔵のメリット
③ 基本性能

試用を終えてオシロスコープの機能とサポート双方の正常進化と共に妥協しない基本性能ながらリーズナブルな価格設定にドイツのモノ作りに対する誠意を感じた。初心者からエキスパートまでが即戦力として使える測定器として申し分ない。

① 操作性

まず目につくのは10.1 インチの大型高精細ディスプレイとシンプルなスイッチ類。極めて視認性が良く、静電容量方式のタッチパネルと相まってストレスフリーな測定が可能。試用に当たってハンドヘルド機同様に当機でもマニュアルは不要だった。

シンプルかつ、コンパクトなスイッチ類。ハンドヘルド機同様、使用頻度を考慮した物理スイッチとタッチパネルメニューへの機能の割り付けによって直感的な使い勝手を実現している。

特筆すべきはデモンストレーション機能。単なる操作ガイドではなく、内蔵シグナルジェネレータ出力を利用した実体験はチュートリアルのレベルと言える。複雑な測定にも対応しており、初心者ばかりではなく使用頻度の低い機能ではエキスパートにとっても利用価値の高い機能。

② ジェネレータ内蔵のメリット

FFT(高速フーリエ変換)解析:

他社にも普及機クラスでFFT 解析機能を持つ製品はあるが、当機の分解能の高さは特出しもの。必要とする帯域幅と精度が合えばシグナルジェネレータもスペアナも不要。

ボード線図解析(option):

通常サーボアナライザやゲインフェーズアナライザなど高価な測定器を使う難易度の高い解析が簡単に行える。これらの結果もcsv フォーマットで出力する事が出来るので表計算ソフトによるグラフ視覚化が容易に行える。

③ 基本性能

このグラフは一見何の変哲もない測定結果と見える。しかしながら付属のプローブを使い、単発のシグナルをワンショットシングル計測で500mV/Div、200ns/Div のレンジで捕捉し、ズーム機能で500uV/Div、500ps/Div で拡大した波形との説明が付くと経験者には難易度が判るだろう。

本来このレベルの測定は豊かな経験と知識に基づくノイズ対策が必要だが、いとも簡単に測定してしまった。ノイズ的には有利な内蔵ジェネレータとは言え、ADC の基本性能の高さを物語っている。

ズーム前の波形がこちら。電圧軸、時間軸ともに1000 倍に拡大した。

まとめ

日本の電子業界は当初から米国の影響を強く受けて来た。オシロスコープも同様に米国と日本製の存在感が高く、今思えば大変残念ながらドイツ製オシロスコープを使ってみようとの動機を持つ事はなかった。今回の試用は大変好ましく、大きなインパクトを受けた。機械製品に於けるドイツのモノ作りのポリシーに対する高い信頼感を測定器に於いても感じ取る事が出来た様に思う。オシロスコープを購入する機会があれば候補のひとつとしてぜひ検討して欲しい。