1 MHz~50 GHzをカバーする、相互相関法を使用したダイレクトダウンコンバージョン方式の位相雑音アナライザ

新しい位相雑音測定器は、ダイレクトダウンコンバージョン方式のアナログI/Qミキサーとベースバンド信号サンプリングを使用して周波数レンジ1MHz50 GHzをカバーします。位相検出と周波数トラッキングのために、従来のPLLに代わってデジタルFM復調器を使用します。また、追加のAM復調器により、位相雑音と振幅雑音を同時に測定することができます。さらに、100 MHzの搬送波周波数と10 kHzのオフセットを使用して、-183 dBc/Hzもの低い位相雑音をわずか2分で測定することができます。

Gregor FeldhausおよびAlexander Roth

Rohde & Schwarz GmbH & Co. KG Munich, Germany

gregor.feldhaus@rohde-schwarz.com、alexander.roth@rohde-schwarz.com

はじめに

従来の位相雑音アナライザは、局部基準発振器と被試験デバイス(DUT)との位相差を検出するために、アナログ・フェーズロック・ループ(PLL)を使用します。ループ帯域幅と位相検波器の特性を正しくセットアップするには、測定対象の発振器に関する深い知識と、DUTの周波数ドリフト特性に関する十分な測定前の準備が必要です。最終の測定結果を補正するには、アナログPLLの周波数応答を認識または校正する必要があります。さらに、アナログPLLは、クロススペクトラムコラプス[1]の原因として近年注目を集めている位相出力に対する振幅変調をあまり除去できません。

位相検波器をデジタル回路に移すことにより、セットアップが大幅に簡素化され、測定確度も向上します。デジタルコンポーネントの特性は定義済みであり、補正も確実な精度で行うことができます。[2]の文献では、局部発振器とDUTのRF波形がサンプリングされ、両者の位相差がデジタルで計算されています。ただし、搬送波周波数は、A/Dコンバーターのナイキストバンドに制限されています。基準発振器とDUTのミキサーを追加することにより、この方法をマイクロ波レンジまで拡張することができます[3]。

このアプリケーションノートで示す代替手段では、DUT信号のダイレクトダウンコンバージョンのために低位相雑音局部発振器を使用します。独立した別の受信経路により相互相関が可能となり、両経路に存在する非相関ノイズが抑圧されます。このアプリケーションノートで示す方法は、市販のR&S®FSWP 位相雑音アナライザで実装されています。この製品は、1 MHz50 GHzの連続波形(CW)とパルスド信号源の位相雑音とVCOを測定します[4]。

図1:位相雑音アナライザの全体のブロック図
図1:位相雑音アナライザの全体のブロック図
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アナログ信号経路

図1は、相互相関測定用として2つのチャネルを備えた位相雑音アナライザのコンポーネントを示しています。

入力コネクタのRF信号は、可変アッテネータの後ろで2つの経路に分割されます。各経路にはアナログ同相/直交位相(I/Q)ミキサーがあり、このミキサーがRF信号を90 °位相シフトして低周波信号に変換します。チャネル1および2の局部発振器(LO)は、2つの別々の基準クロックから導出されます。チャネル2の基準は、PLLにより、0.1 Hz未満の帯域幅でチャネル1の基準と緩やかに結合されます。これにより、0.1 Hzの周波数オフセットまで実際に相互相関を行うことができます。

LO周波数とDUT周波数のどちらを選択するかは、測定する周波数オフセットに依存します。一般に、発生するI/Q信号の中間周波数(IF)が低いほど、その後のA/Dコンバーターの雑音特性は良くなります。つまり、ゼロIFが有利であるように見えます。一方、自励発振器の場合は、実際のRF周波数とLO周波数との間には必ず偏移があるため、差周波数の高調波が発生します。この点を考慮して、ゼロIFは、周波数オフセットが1 MHzを上回る測定でのみ使用されます。この周波数オフセットであれば、残りの周波数偏移の高調波は、測定を妨げないレベルまで低下するためです。周波数オフセットが1 MHzを下回る測定では、1 MHzをわずかに上回るIFが使用されます。この周波数オフセットでは、高調波は測定範囲外になります。

図2:I/Qミキサーの不完全性のモデルと結果のスペクトラム
図2:I/Qミキサーの不完全性のモデルと結果のスペクトラム
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図2に示すアナログI/Qミキサーの不完全性について考慮する必要があります。必要な90 °位相シフトの偏移と、IとQの両方の経路間の利得差によって、I/Q不平衡が生じ、それによってAM/PM変換も生じます。周波数ドメインでは、ミラーリングされたIF周波数でスペクトラム線が発生します。LOフィードスルーは、I/Q信号にDCオフセットを追加します。利得と位相の偏移は、工場で測定器の周波数レンジより上の値に校正されていますが、DCオフセットは各測定の前に校正します。これらの効果の補正は、FPGAのデジタル信号処理経路で行われます。

このレシーバーコンセプトにより、従来のアナログPLLでは15 dB~30 dBのAM抑圧が、40 dB(代表値)になります。このため、反相関AM/PM変換によるクロススペクトラムコラプスが発生する可能性が低くなります。

デジタル信号経路

フルデジタルの位相検波器の性能には、A/Dコンバーター(ADC)の選択が重要です。アナログPLLを使用するシステムは、位相信号をサンプリングする前に搬送波を抑圧します。すなわち、ループ帯域幅の外のノイズ・ダイナミックレンジのみを考慮すればよいことになります。ダイレクトダウンコンバージョンと搬送波サンプリングを行う場合は、ADCは、入力信号のダイナミックレンジをすべてカバーする必要があります。

図1の4つのADCはそれぞれ、100 MSa/sで実行される16ビット分解能のパラレルチャネルを4つ持っています。各チャネルは、フルスケール値に対して約84 dBのS/N比を達成します。4つのチャネルを平均して、このS/N比に6 dBが加算されます。ノイズパワーは、位相雑音と振幅雑音の間で均等に分配されます。そのため、ADC入力時点でフル・スケール・レベルの信号の場合、これ以上相互相関利得がない場合の位相雑音に対する白色ADC騒音の寄与は次のとおりです。

LADC= (– SNR – 10∙log10(fsample) – 3) dBc/Hz (1)

入力信号を最適なレベルにするために、位相雑音寄与-173 dBc/Hzより上の数値を挿入することをお勧めします。第1のADCペアと第2のADCペアの外部クロック入力は、別々の基準周波数から導出されます。相互相関プロセスにより、ADCクロックジッタによる位相雑音はさらに低下します。

図3:一方の受信経路のデジタル信号処理。
図3:一方の受信経路のデジタル信号処理。
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図3に、I/Qサンプリング後のデジタル信号処理チェーンを示します。

この構造は、相互相関測定のためにFPGAで2回実装されています。信号チェーンの入力部分にあるイコライザーは、2つの機能があります。1つは、I部分とQ部分に分離されたアナログ信号経路のフィルターの周波数応答を補正することです。もう1つは、アナログI/Qミキサーに起因するI/Q不平衡とDCオフセットを補正することです。イコライズ済みの信号は、任意の周波数オフセットでシフトすることができ、この周波数オフセットは数値制御発振器(NCO)で設定します。

これは、スペクトラムの中心を搬送波周波数に合わせるために使用します。続くローパスフィルターは、必要なスペクトラムの範囲外にある信号部分を削除します。

パルスディテクター、スケルチ機能、パルス繰り返し周波数(PRF)フィルターによって、パルスド信号源の測定が可能になります。これらは、標準のCW測定の場合はバイパスされます。この機能については、セクションIVで詳しく説明します。

図4:理想的なCW信号源のAM/FM復調。
図4:理想的なCW信号源のAM/FM復調。
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ここまでのシグナル・プロセッシング・チェーンは標準的なデジタル無線機のコンセプトと似ていますが、次のAM/FM復調器は新しい方法に固有のものです。これらの復調器によって、振幅雑音と位相雑音を30 MHzの周波数オフセットまで同時に測定することができます。ベースバンドI/Q信号を振幅成分と位相成分に分けるために、CORDIC(Coordinate Rotation Digital Computer)アルゴリズムが採用されています。

振幅信号は振幅ノイズスペクトラムを直接計算するために使用されます。一方、位相信号については、以降の処理に進む前に周波数信号に変換する必要があります(図4を参照)。

一般に、自励発振器はLOに対してドリフトします。周波数オフセットは避けられないため、位相がリニアに増加していき、リミット値±πで折り返します。ダウンサンプリングとFFT処理を続けるには、位相信号の折り返しは不適切です。明らかな解決策は、先のNCOへのフィードバックを実装してIFをゼロに保つことですが、 デジタル・フィードバック・ループは、長い時定数とビット演算の増加に関する困難な要件があるため、問題になりやすい傾向があります。ここで示す方法では、信頼性の高いフィードフォワード方式として、代わりに位相導出ブロックを使用して、ΦM信号を折り返しのないFM信号に変換します。DUTの緩やかな周波数ドリフトを、FM信号の低いまたはゼロの周波数成分に変換し、その後のフィルタリングとFFT処理を妨げないようにします。

アナログFM復調器は、搬送波付近の位相雑音測定では感度が低いことがわかっています。これは、復調器の周波数応答がDCに向かって20 dB/ディケードの割合で低下するためです。この傾きを最終測定トレースで補正し、復調器の後で(増幅器や後のADCなどから)発生する白色雑音を20 dB/ディケードの割合で増やす必要があります。ただし、デジタルFM復調器では、DCに向かって同じ特性が見られます。しかしアナログと異なるのは、高度なFPGAのリソースが、必要なダイナミックレンジの増加を処理できる点です。ここに示す方法では、FM復調器の後のデジタル・デシメーション・フィルターが、阻止帯域の減衰量220 dBを達成します。これにより、FM復調器の傾きが11ディケード以上もカバーされます。これに伴って信号のビット幅も増えるため、量子化ノイズはFM復調された位相雑音を十分に上回ります。

デジタルAM/FM復調器を使用するには、搬送波と両側の測定範囲全体がI/Q信号のナイキスト帯域幅の範囲内にあることが必要です。そのため、復調器経路で測定される最大周波数オフセットは30 MHzに制限されます。これより高い周波数オフセットの場合は、振幅雑音と位相雑音の和のみが測定されます。この場合、標準的なスペクトラム計算のために、デジタル信号経路は復調器をバイパスし、後のプロセッサユニットにI/Qデータを直接伝送します

図5:タイムドメインと周波数ドメインでのパルスド信号源
図5:タイムドメインと周波数ドメインでのパルスド信号源
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パルスドキャリアの位相雑音測定

AM/FM復調器による方法は、テストセットアップの追加が不要という点で、パルスド信号源の位相雑音の測定にも適しています。事前測定によりパルスパラメータ、すなわち、パルスレベル、パルス幅、パルス繰り返し間隔が決定されます。信号源のパルス出力によって、図5のように、反転パルスの周期で繰り返される複合スペクトラムが周波数ドメインに作成されます。パルス繰り返し周波数の半分まで、意味のある位相雑音測定を行うことができます。図3のブロック図には、メインローブ以外の繰り返しスペクトラムをすべて除去するパルス繰り返し周波数(PRF)フィルターがあります。このフィルターの出力信号はCW信号と等しく、AM/FM復調器によって同様に処理することができます。

PRFフィルターの前に、オプションのパルスディテクターとスケルチ機能ブロックが、パルス休止中にすべてのノイズをゼロに設定します。パルス休止中のノイズパワーを出力信号に加えるアナログのパルス繰り返しフィルターに比べて、これは大きな利点です。パルスド状態と非パルスド状態のメインローブ搬送波パワーの差は、一般にパルス感度抑圧係数と呼ばれます。

パルス感度抑圧係数=20 ∙ log10(Twidth/ Trep) dB (2)

対策がない場合は、PRFフィルターの後のS/N比はこの係数分低下し、位相雑音の測定値は測定器のノイズフロアに近づきます。一方、パルス休止をゼロに設定すると、ノイズパワーの低下は以下のようになります。

ノイズリダクション=10 ∙ log10(Twidth/ Trep) dB(3)

両方の効果を組み合わせると、ここに示すパルス測定方法の感度低下は10 ∙ log10(Twidth/ Trep)であり、(2)のパルス感度抑圧係数のわずか半分です。

図6:FFTと相互相関。
図6:FFTと相互相関。
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相互相関

相互相関と結果トレースの計算は、PCI Express経由でFPGAに接続された標準プロセッサで行われます。周波数レンジは、約ハーフディケード(1 Hz3 Hz3 Hz10 Hzなど)をカバーする複数のセグメントに対数分割されます。図6に各処理の手順を示します。FPGAから出力されたAM/FM信号は循環バッファーに送信されます。分解能帯域幅の異なる複数の周波数セグメントを並行して処理できるように、信号は引き続きデシメートされます。各セグメントはFFT経由で周波数ドメインに変換されます。2本の別々の信号経路間で実際に行われる相互相関には、FFTの結果と後続のアベレージングブロックとの複素共役乗算が使用されます。第1チャネルXのFFTと第2チャネルYのFFTとの間で行われるN個の相関の推定パワー密度スペクトラムは、以下のように表すことができます。

conversion-phase-noise-analyzer-cross-correlation_ac_06b.jpg

相互相関によって、非相関ノイズ信号(RF信号スプリッターの後で発生する測定器のノイズ)の位相雑音寄与は、5∙log10(N) dB(Nは相関の数)低下します。測定器の非相関ノイズがDUTの相関ノイズより大きい場合は、(4)の結果はその分小さくなります。DUTの相関ノイズがアベレージング後の非相関ノイズを上回り始めると、(4)の結果は実際の測定結果にセトリングします。

(4)のセトリング結果と非相関入力信号の最大低下の理論値との間に一定の差が生じた時点で、測定器は測定を自動停止することができます。これにより、最終結果をそれ以上改善しない相互相関に測定時間をかける必要はなくなります。

図7:測定時間10秒、測定帯域幅10 %の場合の一般的なノイズフロア。
図7:測定時間10秒、測定帯域幅10 %の場合の一般的なノイズフロア。
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測定器の性能

相互相関位相雑音アナライザの性能は、測定器固有の雑音寄与と、特定数の相互相関を実行するときの測定速度によって決まります。ここに示すアナライザの内部にある局部発振器の性能は、位相雑音の点では、ほとんどの信号発生器と信号源を上回ります。図7に、10秒間の測定時間における代表的なシステムのノイズフロアを示します。

1 MHz以下の周波数オフセットの場合は、測定速度は主に、与えられた相互相関で特定の分解能帯域幅(RBW)を達成するのに必要な物理的な捕捉時間によって決まります。FFTにBlackman-Harris ウィンドウを使用して、オーバーラップ係数を0.75とした場合は、捕捉時間は以下のように表すことができます。

Tcapture= 2.0 / RBW ∙ (1 + 0.25 (NXCORR-1)) (5)

図8:Wenzel 100 MHz-SC Golden Citrine水晶発振器を使用して出力レベル19 dBmで位相雑音を測定した結果(測定時間2分)。
図8:Wenzel 100 MHz-SC Golden Citrine水晶発振器を使用して出力レベル19 dBmで位相雑音を測定した結果(測定時間2分)。
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高い方の周波数セグメントのキャプチャーデータは、低い方のセグメントを同時計算するために使用されます。高いRF性能とインテリジェントな信号処理により、優れた測定速度を実現することができます。図8は、トップクラスの発振器の位相雑音を測定した結果です。測定時間はわずか2分です。この発振器は、測定結果の精度を検証するために、米国のNIST(National Institute of Standards and Technology)で校正されています。

参考資料

[1] Nelson, C.W.、Hati, A.、Howe, D.A.、『A collapse of the cross-spectral function in phase noise metrology』-『Rev. Sci. Instrum.』第85巻(2014年)に掲載

[2] Grove, J. et al.、『Direct-digital phase-noise measurement』-「Frequency Control Symposium and Exposition, 2004(2004年8月23日~27日開催)」の資料p.287~291

[3] Parker, S.R.、Ivanov, E.N.、Hartnett, J.G.、『Extending the Frequency Range of Digital Noise Measurements to the Microwave Domain』-『IEEE Transactions on Microwave Theory and Techniques』第62巻、第2号p.368~372(2014年2月)に掲載

[4] ローデ・シュワルツ『R&S®FSWP 位相雑音アナライザ/VCOテスタ』製品ブローシャ、2015年

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