「ICARUS(イカルス)」本格運用を開始

「ICARUS(イカルス)」本格運用を開始

宇宙からの動物追跡

© alexdrone–stock.adobe.com

国際宇宙ステーション(ISS)をベースとして、多様な動物種の移動行動を研究するプロジェクトが、その運用を開始しました。データ転送には、ローデ・シュワルツの無線技術が使用されています。

プロジェクトメンバーらはICARUSの本格運用開始を祝うまでに多くの困難を乗り越えてきました。ラードルフツェル(ドイツ)にあるマックスプランク動物行動研究所(MPIAB: Max Planck Institute of Animal Behavior)のディレクターであるMartin Wikelski教授はこのプロジェクトの立案者です。宇宙から動物を観察するというアイディアは、20数年前に彼が思いつきました。その時から彼は、このコンセプトを実現するために精力的に取り組んできました。幾度もの挫折を経験し、精神力が試されました。プロジェクト名でさえ、Wikelski教授の辛口のユーモアを証明しています。興味のないNASAは、このプロジェクトは決して飛ばないと予測していました。神話のイカロスが空高く飛びたいという野心によって運が尽きたように。ヨーロッパのESAもこのプロジェクトを支援することを辞退しました。しかし、ロシアの宇宙局であるRoskosmos(ISSの主要な運営者の1つ)とドイツ航空宇宙センター(DLR)のおかげで、この最新のICARUSはようやく空を飛ぶことができました。名前は、このまじめなプロジェクトに合う頭字語であるInternational Cooperation for Animal Research Using Space(宇宙を使用した動物研究のための国際協力)に変換されました。

理想郷から現実へ

もちろん、元のアイデアは大胆不敵なものであり、現在の視点で考えると、2000年代初頭のテクノロジーを使用して実現することは不可能でした。それは、SF小説の作家が誇りに思えるようなものでした。太陽光発電を利用した何千台もの小型コンピューターにセンサと無線モジュールが搭載され、地上のあらゆる場所および「動物のインターネット」から宇宙空間の衛星と自動的に通信できるのです。

エレクトロニクス、センサ、バッテリー、太陽電池の小型化における近年の急速な進歩により、この理想郷を現実にすることができました。ドレスデンのポスドク研究者によって設立されたばかりの衛星通信を専門とする小さなスタートアップであるINRADIOSは、このプロジェクトの無線機を設計するという挑戦的なタスクを担当しました。SpaceTechとDLRから、宇宙テクノロジー分野の専門家による支援を受けました。ローデ・シュワルツ・グループの一員になったINRADIOSは、マックスプランク動物行動研究所(MPIAB)と緊密に協力しながらICARUSのテクノロジーをさらに発展させる取り組みを行っています。ローデ・シュワルツは無線機の製造を担当しています。

ICARUSタグは1ユーロセント硬貨ほどの大きさです。データメモリを完全に読み出すには専用のハンドヘルド無線機が必要です。この無線機を用いると、数キロメートル半径内のタグに対しデータを送信するように命令することができます。無線機は、実際の運用で使用されるスマートフォンまたはタブレットに向けて、WLAN経由でデータを転送します。

動物を注意深く見守る

動物用トランスミッター(タグ)を実現するための最も重要な条件として、調査対象の種がタグの装着を許容できる必要があります。倫理委員会によって推奨されているように、タグの重量は動物の体重の3 %を超えることはできません。動物の行動への影響を防ぎ、動物を危険にさらさないようにするためです。小型の動物にもタグを装着する計画だったので、大きさと重量の上限を満たすのはとても難しいことでした。当時従来型であった移動式またはアナログ式の無線機によるトラッカーは、1 kg未満の動物では除外されました。つまり、すべての鳥類およびほ乳類種の75 %を調査できませんでした。この観察プログラムではブラックバードに長期的に焦点を当てているため、ブラックバードがMPIABによって参照動物として選択されました。ICARUSタグの試作品は、これらの一見なじみのある鳥を選んでテストされましたが、その渡り行動には依然として疑問が残っており、その解明には継続的な監視が必要でした。重量4.5 gの最軽量バージョンのタグは、オスの成体に限定されるものの、ブラックバード(クロウタドリ)に適していました。現在のICARUS計画によりトランスミッターを装着するすべての他の種では、この推奨事項が容易に満たされています。

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小さい尺度でも、長い尺度でも、どんな経路でも動物の移動を追跡できます。これはポリネシアの例です。

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小さい尺度でも、長い尺度でも、どんな経路でも動物の移動を追跡できます。これはポリネシアの例です。

無線および測位テクノロジーに加え、タグには複数のセンサと十分なメモリが備えられており、1体の動物が寿命を終えるまで、移動データと環境データを保存し続けることができます(次ページのボックス参照)。ISSが頭上を通過するたびに最大20セットの位置データがISSに送信されます。ISSの頭上通過は一般的に毎日発生しますが、高緯度では3日に1回になることがあります。データの量が少ないのは、通信時間がわずか15秒と短く(そのうちの3秒間は送信に使用されます)、無線リンクの帯域幅が小さいためです。送信パワーがわずか6ミリワットの小型無線機で衛星と通信できるというだけで驚異的です。これは、大型で高性能なISSアンテナと高度な無線テクノロジーによって可能になりました。

タグは、定期的に送信されるISSエフェメリスデータと、タグの位置を使用して次回の通信タイミングを計算します。タグは計算した時間で送受信するように準備しますが、ほとんどの時間はスタンバイモードに入って節電しています。追跡データは定期的に送信され、Movebank(movebank.org)のデータベースに収集されます。このデータに基づいて、研究者らはすでに価値のある発見をしています(図2および図3)。しかし、環境データを含め、タグによって蓄積された全体の収集データにアクセスするには別のコンポーネントが必要です。渡り鳥は常に移動し続けているわけではなく、越冬地や越夏地に長期間留まります。他のほとんどの種の場合、移動半径は明確です。これにより、生物学者はその生息地に訪れてICARUSハンドヘルド無線機を使用して通信することができます。地上では最大数キロメートルの距離に対応できる安定で高速な無線リンクをセットアップでき、タグのメモリを容易に読み出すことができるため、時間に追われずに済みます。

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アメリカオグロシギの生息数は、世界でもわずか5万羽しか残っていません。この鳥はチリから北米まで1週間にわたり休まずに飛びつづけ、カナダに移動します。ICARUSは、この移動経路と休息場に関する詳細なデータを提供しています。このプロジェクトは、チリの生物学者らによって支援されています。

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アメリカオグロシギの生息数は、世界でもわずか5万羽しか残っていません。この鳥はチリから北米まで1週間にわたり休まずに飛びつづけ、カナダに移動します。ICARUSは、この移動経路と休息場に関する詳細なデータを提供しています。このプロジェクトは、チリの生物学者らによって支援されています。

さまざまな種類のセンサデータに外部の天候と環境データが含まれる場合は特に、これを正確な位置情報と組み合わせることで、研究者らは動物の生息条件と行動についてまったく新しい洞察を得ています。数千羽の「ICARUSの鳥」が飛ぶようになれば、気象学的なドローンとして使用し、全地球規模での気象観測システムにデータを供給することができます。しかし、これには伝送テクノロジーの改良と、軌道への衛星の追加が必要になります。それでも、これはWikelski教授が目標としているビジョンです。ISSの運用が確実なのは2025までです。その運用を担っている国々が継続の合意に至らない場合、自律的なICARUS衛星がISSの代わりを果たせるかもしれません。当然、財務上の課題がありますが、特にこのプロジェクトの他のハードルがすでに克服されているという点から、MPIABは前向きな姿勢を維持しています。

異なる研究対象のバランスをとる

タグは、動物の寿命にわたって機能し、さらに再使用が想定されるため、長寿命に設計されています。原理上、これは望ましい特長です。しかし、動物が死んだ後に手つかずになる場合、問題になることがあります。電子部品は腐敗しません。このため、使用済みタグの捜索と回収を容易にするためのメカニズムが実現されました。タグが移動しなくなるとGPS位置が安定します。ハンドヘルド無線機を使用してタグをpingモードに切り替え、ビーコントランスミッターとして機能するようにできます。その後、無線機でタグのおよその位置を得られます。これに加えて、タグはLEDの点滅によって周囲に位置を知らせます。第三者が先にタグを見つけた場合に備えて、タグの裏面に連絡先住所が記載されています。これらの対策により、使用済みタグの大部分はMPIABに戻ることが期待されます。マックスプランク研究所(Max-Planck-Institut)は、この問題を重要視しています。科学者らは、世界中の生態系の保護を信じており、それは私たちの職務上の義務なのです。ICARUSプロジェクトの規模がもう1桁成長すると、持続可能性の問題に照らしてプロジェクトを再評価することが不可欠になります。まだ、有機電子部品は商業的成熟度(実用化)には程遠い段階にあります。しかし、開発者らが別のアイディアを思いつくかもしれません。現在、ICARUSは本格運用を開始し、そのシステムを立ち上げて目的のために最大限に活用するという段階に入っています。

動物用トランスミッター(タグ)

  • 重量:<5 g(バッテリーサイズによって異なる)
  • アンテナ長:20 cm(無線機)および7.5 cm(GNSS)
  • センサ:磁界、加速度、温度、湿度、圧力
  • データメモリ:512 Mバイト
  • バッテリー容量:70/60/45 mAh
  • GaAs太陽電池(現時点で最高性能のテクノロジー)
  • 送信パワー:6 mW
  • 送信周波数:402.25 MHz、1.1 MHz帯域幅
  • 受信周波数:468.1 MHz
  • 送信データセット:223バイト/ISS通信回

進行中または予定されているICARUSプロジェクト

世界の鳴き鳥の移動 - 何十億羽もの鳴き鳥が年に2回、大陸間を移動します。鳴き鳥は生態系にとって価値がありますが、その数は過去20年間で30 %も減少しています。鳴き鳥を保護する方法はよくわかっていません。このため、鳴き鳥の生息条件の詳細な調査に関心が集まっています。

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失われた数年間の解明 - ほとんどの動物にとって最も困難なのは生まれた土地を離れるときです。多くの種で、何年間にもわたり若い動物が生物学者らのレーダー画面から姿を消してきました。ICARUSは、この知識のギャップを埋めるのに役立つはずです。対象は、ほ乳類、カメ、海鳥です。

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動物を守る動物たち - レンジャーは、密猟者を寄せ付けないようにできるため、野生動物の保護に重要です。レンジャーは、当然ながらあらゆる場所に同時に行けるわけではありません。しかし、動物たちによって、それを可能ならしめることができます。集団行動に基づいて、捕食者や密猟者の存在を割り出し、必要に応じてレンジャーを配置することができます。

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人間/動物コミュニティーの移動 - はるか昔から、人間は家畜と一緒に移動してきました。これらの共同移動は、一部の遠隔地で今も観測されています。誰が率いていて、誰が誰から学んでいるのでしょうか?研究者らは、これらの課題をブータン(ヒマラヤ山脈)、サヘル南部、ボリビア、北極圏で研究する準備を行っています。

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パンデミックの予測 - 多くの動物の生息地がますます侵略されるにつれて、人間と野生生物の接触の頻度と強度が共に増えています。その結果、病原体が種間伝播する可能性があります。新型コロナウイルスは、この種間伝播により人間に感染したのではないかといわれています。動物界ではコウモリがいつも疑われています。しかし、コウモリは媒介動物に過ぎません。ICARUSは、病気の発生源の特定に役立つはずです。

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浜鳥と海鳥の移動 - 多くの浜鳥は地球の半球間をつなぐものとして働きます。鳥たちは長い移動の間、栄養を取るために沿岸部に飛来します。しかし、人間の偏在により、それに適した地域は急速に減少しています。どこに保護地域を確立すべきでしょうか?海鳥は最も謎の多い種の1つです。どの海域を好むのでしょうか?どのように進路を決めるのでしょうか?どのように眠るのでしょうか?海鳥は、エルニーニョ現象などの気象現象を監視するのにも適しています。継続的に風、塩度、海流を読み、次の台風(ハリケーン)が形成されている場所に関する情報を提供することができます。

Martin Wikelski教授(博士)

「私たち科学者にとって、刺激的な新発見が最も重要です。ICARUSが技術的な大成功を収めた後、私たちはすぐにロシアおよび国際パートナーとの取り組みを開始し、世界中の多様な動物にトランスミッター(ICARUSタグ)を取り付け展開しました。私たちにとって毎日が重要です。」

Martin Wikelski教授(博士)